施設入所後、帰宅願望が強く出てしまう方がいらっしゃいます。
家に帰りたい。落ち着く場所に戻りたい。
そう思うのは当然のことです。
ご自身の希望で施設入所される方はそんなに多くはないので、ご本人からしてみれば
「なんだかわからないうちに知らないところに連れてこられた。家に帰りたいのにこの人たちは帰してくれない」
という不安を感じてしまうでしょう。
そんな方には
施設に慣れていただく
施設を好きになっていただく。
家はここ(グループホーム)だと認識していただく。
施設に慣れるまで帰宅をあきらめていただく。
という方針で接していました。
理解されないまま入所された利用者さんに対しては、根気が必要です。
今回は「ご家族に連れられて施設に来たけれど、ご家族はいつの間にか先に帰宅してしまい、自分だけ取り残されてしまった、認知症を患っているAさん(入所初日)」のお話です。
突然の施設入所に戸惑いを隠せず、
Aさん「あらどうしましょう。息子はどこにいっちゃったの?私も帰らなきゃ」
と、慌て始めるAさん。(当然です)
Aさん「さっきまで一緒にお茶を飲んでいたのに…。」
こういう時に、私は、Aさんに安心していただくための嘘をつきます。
「なんだか、お仕事関係の連絡がきて、今から職場に行かなきゃいけないと言っていました。Aさんのことをお願いしたいと言って急いで出かけられました」
Aさん「あら…困ったわ。ご迷惑をおかけするわけにもいかないから、私も帰らなきゃ」
そわそわと、帰り支度をされるAさん。私は窓の外を眺めながら
「外を見てください、もう暗くなっちゃいました…。ここからだと、バス停まで遠いし、危ないです。息子さんから、Aさんを泊めてほしいとお願いされたので、もし嫌じゃなかったら泊って行ってもらえませんか?」
とお伝えします。Aさんは驚いた顔をしながら、
Aさん「あら…悪いわよそんな」
と首を横にふります。
「いえいえ。こんな暗い中、お一人でAさんを帰してしまったら、息子さんもすごく心配してしまうと思います。晩御飯の準備も、お部屋の準備もできてます♪お風呂の用意もありますからぜひ♪」
Aさん「いやあ…いいわよ。家でやらなきゃいけないこともあるし。申し訳ないんだけど、タクシーを呼んでもらえないかしら?」
当然の反応です。初対面の人のうちにいきなり泊まるのは抵抗がある方の方が多いです。なので、一歩引いてみます。
「そうですか…では、お料理、Aさんの分もご用意したので、それだけでも食べて行ってもらえませんか?Aさんに食べてもらえないと捨てることになってしまうし。せっかく作ったから…」
調理担当の職員も大きく頷きます。(私が勤務していた職場は、ホーム内にアイランドキッチンがあり介護職員が調理をしていました)
「そうそう、食べて行ってくださいな!」
Aさん「ええ…?」
「ぜひぜひ!もうすぐできますから♪」
食べてもらえないと捨てることになる、という言葉が決め手でしょう。
Aさん「そう?じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
と、言ってくださいました。
そうして、Aさんと食卓を囲みます。他の利用者さんとも談笑しながら(コロナ流行前だったので)楽しく過ごし、慣れてきたところでお風呂のお誘いをします。
「Aさん、お風呂の準備もできましたから、よろしければついでに入って行ってください♪」
Aさん「ええ…悪いわよ」
「いえいえ、もうこんな時間だし、家に帰ってお風呂の用意して入るのも大変でしょう?入ってしまえばあとは寝るだけですから楽でしょうし。ねっ?」
共に時間を過ごし、Aさんの警戒心も薄れてきたのでしょう。
Aさん「あら、なんだか、何から何まで悪いわね。いいの?」
とこちらの提案を受け入れてくださいました。
「もちろん!ぜんっぜん、大丈夫ですー♪」
そうして、ルンルンでAさんとお風呂へ。お背中を流しながらゆっくりとくつろいでいただきます。
そしてお風呂上りには、しっかりとパジャマに着替えていただきます♪
Aさんがお風呂から出ると、他の利用者さんはすっかり就寝モード。寝る前のお茶などを飲み、テレビを観てくつろいでいます。
「Aさん、せっかくだから、今日は泊って行ってくださいね。ほら、お部屋とお布団も用意したんです♪もう夜ですし、帰るのは明日でもいいじゃないですか」
そう言いながら、用意した部屋とお布団を見ていただきます。
ご飯を食べ、お風呂にも入り、Aさんも少し眠くなってきたころです。
Aさん「そうね…もう暗いし。このお部屋使わせていただこうかしら」
「どうぞどうぞ!」
おやすみなさーい、と皆様をそれぞれの居室へ誘導し消灯します。
皆様、夢の中へ…。
そして朝5:00を迎えます…。
Aさん「ごめんなさい、ここはどこかしら」
Aさんは、どうしてここにいるのかは忘れてしまったようです。しかし、認知症の方は感情の記憶は残るとも言われており、この場所に対しての印象は悪くない様子でした。
「おはようございます!今日はここに泊まっていただいたんですよ」
Aさん「そうなの、あなた泊めてくれたの。ありがとう。もう家のことが心配だから帰らなきゃ。」
「Aさん、Aさんの分の朝ごはん、今用意しちゃってるんです。ぜひ召し上がってください。朝食の時間は8:00からですので、もう少しお部屋でくつろいでいただいて大丈夫ですよ」
…上記のようなやり取りを根気強く続けること1か月程度だったでしょうか…。周りの人とも馴染み、Aさんにとって徐々にグループホームがもうひとつの居場所になったようです。
今回の対応は、要するに朝食、ティータイム、昼食、おやつタイム、夕食、入浴、就寝など、ことあるごとに理由をつけ帰宅を思いとどまっていただいているのですが、誰にでも上記対応がはまるかといえばもちろんそう上手くはいきません。
利用者さんの性格をつかみ、対応することが大切だと感じます。と、まあ、言葉にすれば一言ですが、そう簡単にはいかない事をつけ加えさせて下さい。ダメなものはダメ、というケースも沢山あります。
あと、あくまでも私たちは敵ではなく味方であると認識していただく努力をしました。
今回のケースですと、対応としては手厚く、細かい個別対応ができたのですが、これは人員配置基準が比較的多い、グループホームならではだと思います。
加えて、当時入所されていた他利用者さんが、穏やかで友好的な方々であったこと。
生死を彷徨っている状態の方がいらっしゃらなかったこと。
あと、個人的に、当時リーダーの指導や方針の影響も大きかったと思います。
家に帰りたいのは当たり前。ではどうしたら、この場所を好きになってもらえるのか?
施設によっては色々な課題があり、すべてが上手くいくことばかりではありませんが、それぞれの場所で、職員も試行錯誤して日々過ごしております。

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