本日、以前勤めていた施設の利用者さんの死を知りました。
コロナ流行中のため、施設への面会などは行けず、また、現在の仕事も多忙で私自身にも余裕がなかったため、ついつい足が遠のいていました。…いや、言い訳ですね。
なんとなく、なんだかんだ言って元気に過ごしていると思っていたから、行くのを先延ばしにしていました。
「また、来てよね。あなたのパウンドケーキ、食べさせて頂戴。約束よ。」
その約束を果たすことができないまま、彼女は旅立ってしまいました。
訳あって、高齢者施設に入所していた彼女は、少し気難しい人でした。
巡回時間を把握していて、時間ぴったりに来ないと、コールを鳴らして怒る。
「他の利用者さんもいるのだから、突発的ないろいろな対応があるのだからぴったり時間通りには来れない」
そう説明しても、「何言ってるのあなたプロでしょ」と。
今思えば、時間通り、ルーティン通りの毎日を過ごすことで安心する方だったのでしょう。
理解することができなかった未熟な私は、彼女と言い合いになったことがありました。
そんな彼女が、とあることをきっかけに、柔らかくなりました。

とある日の夜のこと。
不思議な時間に彼女からコールがありました。
訪室すると、そこには弱々しい笑顔の彼女。
そして、枕元にはチョコレート色の吐しゃ物がたくさん。
「ごめんね、吐いちゃって」
チョコレート色の吐しゃ物…血だ…。
私は当時同じく夜勤に入っていた男性職員に報告をし、彼女の対応に当たりました。
救急搬送準備です。
バイタル測定、着替え、吐しゃ物の後始末。そこに至るまでの詳細な記録などなど。
その時間は、彼女のためだけに動きました。
彼女はそんな私を見て
「ねえ、他の人のところに行かなくってもいいの?」と尋ねてこられました。
私は、彼女の目を見て
「今は、あなたが最優先です。あなたのそばにいます。」と返答しました。
「そう…」
彼女は目をふせ、少し何かを考えている様子でした。
「だって、もし私がほかの人のところに行ってしまったら、あなたは辛いでしょう。こんなに苦しいのに、困るでしょう」
私がそう語りかけると
「本当ね」
と、苦しそうに笑顔を作りました。
幸い、緊急搬送された彼女は、その後無事に帰ってきて、また共に生活をすることになりました。
それ以降、夜勤の巡回に少し遅くなっても、怒るは怒るのですが、「誰か具合悪かった?大丈夫?」なとと聞いてくださるようになりました。
私も、あらかじめ、体調不良者がいる場合はお伝えするようにし、ご理解いただくよう努めました。(以前の彼女であれば聞く耳持たなかったでしょうが、少し受け入れてくださるようになりました)
彼女とのエピソードは、思い出してみればたくさんあります。
ホームベーカリーでパンを焼いて差し上げた時、
「こんな焼きたてのおいしいパン初めて。いっぱい食べれちゃった。また作ってね」と笑顔でほめてくださったり。
焼きたてのパウンドケーキを利用者さん皆にふるまった時も、「とってもおいしい。また食べたい」と言ってくださったり。
型抜きの手作りクッキー(小さいものをいくつかまとめてラッピングしたやつ)を差し上げて数時間後、彼女からのコールが鳴ったため訪室すると。
「ねえ、私、あなたのクッキーの味が忘れられなくなっちゃったの。あなた、クッキーまだ持ってる?」
と聞いてこられたので
「え…自分の分は持ってますけど。今日、私、夜食で食べようかなって…」
とつぶやいたら
「それ、全部頂戴」
「……」
「全部頂戴よ」
と、かわいいカツアゲをされたりしました。うーん、食べ物ばっかりですね。
けれども、
特別器用なわけではない私が作った手作りお菓子を、いつだって、おいしいおいしいと食べてくれたことが、私は嬉しかったです。
彼女も不器用、私も不器用。
そんな中、少しずつ、距離を縮めていけたと思っていたのはきっと、私だけではないはず。
そう思いたいものです。
退職時、冒頭の約束をしましたがもう一生果たせませんね。
どうせまたいつか会えると思っていましたが、命は儚いものです。
今は、空の上でのんびりと、好きだった矢沢永吉を聴きながら過ごしているのでしょうか。

